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2022.03.08
お待たせしました!イタリア・ミラノから板垣 香織による「くいしんぼうのイタリア食ノート」をお届けします
食をより深く研究するために、現在イタリア・ミラノへと単身渡っている一粒万倍グラノーラのオーナー・板垣 香織。
いよいよ今週のメルマガから、月に2回ほどのペースでイタリアからの情報をお届けします!
その名も「くいしんぼうのイタリア食ノート」。板垣が感じるイタリアをどうぞお楽しみください!
【くいしんぼうのイタリア食ノート Vo.1】
はじめに
“The discovery of a new dish confers more happiness on humanity than the discovery of a new star.”
新しいご馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。
(ブリア・サヴァラン-美味礼讃より)
わたしは“食べる”ということが大好きだ。
そして食べるものに触って、嗅いで、混ぜて、味見して・・・そう、料理することも食べることと同じくらい生活の一部になっている。食いしん坊といえばわたしの顔を思い浮かべる友人も少なくないだろう。その遍歴は子供の頃にすでに表れていて、幼稚園の頃から大好物は烏賊の塩辛、サメの皮の煮こごり、そして甘酒・・・。家族からはどんな大人になるのかと、少し心配されたくらい。
物心ついた頃から、天才的に料理の上手だった祖母と一緒に「いたずら」をするのが日課になっていた。この「いたずら」というのはわたしと祖母の間でしか通じない合言葉。
「今日、これからいたずらしていいー?」大きな声で祖母を呼ぶ。
「汚さないように新聞しいてねー。」すでに夕飯の準備をしている祖母がいつものように答えてくれる。
ランドセルを投げ捨て、テーブルにふわっと広げた新聞を眺めながら、腕組みをしてじっと考える。さて・・・今日は何をつくろうか・・・。目を閉じ、ひとり悦に入っているのだ。一休さんのごとく閃きがやってきて、戸棚から小麦粉や砂糖、冷蔵庫から卵や牛乳を取ってきて食卓にずらりと並べる。祖母が少し前に作ってくれたドーナツを再現しようとしているのだ。
材料をボールに入れ、やさしく混ぜる。指をクリーム色の生地に浸してからぺろりとひと舐めし、うんうんと頷きながら生地を仕上げる。そのころにはわたしの料理はすっかりいたずらの域に達している。食卓の周りは粉だらけ、服は生地でベタベタだ。「そろそろできたー?」と横目で見ていた祖母が声をかけ、最終段階に突入するのだ。二人揃って鍋を見つめながら、スプーンですくって油に浮かべていく。パチパチと油がはじける音が心地よく、甘い匂いが立ち込めてくるころには、食欲は極限まで達している。そしてまん丸に膨らんだドーナツを新聞紙に並べ、砂糖をまぶして熱々をほおばるのだ。
「おばあちゃん、美味しいねー。」と二人で並んで食べたドーナツの味は今でもはっきりと覚えている。
前日の天ぷらの味がすることもあったけれど、最高に美味しかった。そして、それはただのドーナツではなく、祖母との思い出そのものになった。その後は気が付けば母と一緒に料理教室に通い、高校生になったころには私の焼くベイクドチーズケーキを毎年楽しみにしているご近所さんもちらほら出てきたほど腕前が上がっていた。
そんな子供時代を送っていたのに、料理があまりに身近だったためか、それを極めようという気持ちはこれっぽちも沸くことはなく、日々とにかく美味しいものを食べたいという一心で料理をし、珍しい食べ物があればどんなものでも口に入れてみた。大学生になってからは、通っていた美大の近くにある米軍横田基地でアルバイトをし、アメリカの食文化の洗礼を受け、ジャンクでとにかくなんでもデカいアメリカ料理を毎日のように食べていた。大学時代のほとんどを基地の近くで過ごしていたので、卒業するころにはすっかりアメリカンな舌になり、げんこつのようなアイスクリームも、グレービーソースがかかったマッシュポテトと一緒に食べるフライドチキンも、顔くらい大きなバーガーキングのワッパーもペロリと平らげ、いつのまにか胃袋もアメリカンサイズになってしまった。
それから月日が過ぎ、建築家として仕事をしながらも料理熱は冷めず、ストレス解消はもちろん料理。レシピを眺めて、献立を考えるのが趣味になっていた。その後、大学時代に広がってしまった胃袋と、アメリカナイズされてしまった私の舌がそうさせたのか、NYに2年留学することになる。人種の坩堝と言われているNY。もちろん、私の食への好奇心は膨らむばかりで、一つでも多くの食べ物を口に入れようとNY中を歩きまわった。私の記憶力のほとんどは食に使われていると言っていいほど、食に関する記憶は鮮明で、味や食べた場所の空気感をすぐに思い出すことができる。
祖母と作ったドーナツのように、食べ物が思い出そのものになっているのだ。もちろん、NYで食べた色々な国の料理の記憶も私の頭にどんどん蓄積され、その後も仕事で海外に行く機会が多く、記憶は増え続け、いよいよ許容オーバーになると思った私は、その記憶を新しいものに変換したいと思い始めた。そして今度はイタリアに食を学びにきたのだった。
現在、ミラノに滞在しながら「Design for Food」という新しい食の分野の学問に取り組んでいる。ミラノに来てからは、さらに色々な食の記憶がわたしの頭に入り込み、すでにあふれそうだけれど、この記憶を少しずつアウトプットし、違うものに変換していくことで、新しいものとして蓄積していけるのではと思っている。そしてこれからも食の記憶を増やしていきたい。いい歳になった今でも、新しい食べ物を見つけたときの何とも言い難い気分は大好きだ。そして、死ぬまでに一つでも多くの種類の食べ物を口にしたい!今ではそれが私のモットーになった。私の食いしん坊はいくつなっても続きそうだ。
【筆者】板垣香織(Kaori Itagaki)
東京と神戸を拠点として活動中。建築家。デザイナー。
イートリートフード&デザイン代表。一粒万倍グラノーラ運営。
k2-foundation architect and design主宰。
米コロンビア大学東アジア研究所/建築・都市計画学科へ客員研究員として留学中に
アメリカの食文化に触発され「意(意匠)・食・住」を考える活動をスタート。
建築設計・デザイン、アート&フードディレクション、企業への商品企画などを行っている。
2021年より、イタリア・ミラノにあるミラノ工科大のデザインスクールにて、
「Design for Food」という分野で、新しい学問としての”食”をより深く研究している。
2022.03.08
3月の一粒万倍日
1日(火)、9日(水)、14日(月)、21日(月)、26日(土)
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